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参考資料展示 近世の家政学―重宝記・料理本の世界―

二〇〇一年一二月八日
日本調理科学会近畿支部 研究会一一三 食文化分科会報告会
於 神戸女子大学古典芸能研究センター

重宝記について

重宝記は江戸時代の百科事典といえる。日常生活に必要な知識を種類・項目別に集めてわかりやすく解説した、その名称が示すとおり「重宝」な書物であった。そこに記された知識は学芸・歴史・社会・風俗・故実・倫理・実用と多岐にわたり、江戸時代を通じて刊行された重宝記の種類は相当数になる。ことに元禄五年の『女重宝記』同六年の『男重宝記』刊行以後、様々な重宝記類が矢継早に刊行されるのである。その様は元禄十五年刊都の錦作の浮世草子『元禄太平記』に「すでに大坂において、家内重宝記が出来始めしより此かた、其類棟に充ち牛に汗するほどあり」と記されている。

江戸時代の庶民の常識を記した書であるが故に重宝記は、江戸時代の文芸を理解するための基本参考資料と位置づけることができる。神戸女子大学図書館の森修文庫には重宝記の類が多数所蔵されている。これはこの文庫の特徴であり、文庫の収集者であった先生の近世文芸に対する研究姿勢を端的に示すものである。

今回の「近世の家政学ー重宝記・料理書の世界ー」展にはその森修文庫蔵の重宝記・料理書の一部を展示すると共に、その全容を一覧表の形で掲載する。

重宝記解説

1 家内重宝記(けないちょうほうき)

元禄二年(1689)刊行の重宝記。『元禄太平記』によれば最初に刊行された重宝記である。「御改正服忌令」「八卦之鈔」「日用さつしよ」「万病食物よしあしの事」「万病の妙薬」「万しみ物おとしやう」「絹のねりやう」「万そめ物」「八算見一の割」「日本国諸道中」「料理のこん立」の十一項目が書かれている。

2 昼夜重宝記(ちゅうやちょうほうき)

見返しに「昼夜重宝記世に行る事尚し 其書たるや行住座臥切要の事を遍くのせて実ニ人間昼夜の重宝なり」と記すとおり、内容は「一 手形証文請状之類」から「一 牛馬の薬の事」までの四十五項目、四季の異名や文字の事から茶道、華道、料理、薬方に至るまで日常生活に関わる多彩な知識が記されている。料理に関わることとしては「味噌納豆拵様の事」「料理献立」など十一項目ある。

3 不断重宝記大全(ふだんちょうほうき)

元禄四年刊の重宝記。「初学文章抄」「管礼書法口伝抄」「万世話難字尽」「小野篁歌字尽」「茶湯初心抄」「茶湯道具名物記」「大和ことば大全」「諸国かたこと」の各項目について記されている。「茶湯初心抄」「茶湯道具名物記」を除く項は書状の書き方や言葉を解説するものである。

4 女重宝記(おんなちょうほうき)(女重宝記大成)

元禄五年初版の重宝記。全五巻。女子の一生にわたって心得ておくべき教訓の数々、必要とする教養の様々が書き記されており、庶民の教養書として版を重ねた。各巻の目録には「女中万たしなみの巻」「祝言の巻」「懐妊の巻 子育て様」「諸芸の巻」「女節用集字尽」とある。作者は『男重宝記』と同じく艸田寸木子、本名苗村丈伯。

5 男重宝記(なんちょうほうき)

元禄六年初版の重宝記。全五巻。『女重宝記』に続いて同じ作者により刊行された。題名の通りこちらは男子の心得ておくべき教訓・教養が書き記されている。巻一・二・四には「致知の部」「格物之部」「翰礼之巻」と記されている。茶の湯・立花や書状・献立の書き方、菓子の拵え様、言葉遣い、躾方など内容は多種多様である。

6 世話重宝記(せわちょうほうき)

元禄八年(1695)刊の重宝記。五巻を一冊に合冊してある。序文に「況や長の俗間にいふ世話も出所ある事なれど出所をしらねばおのづからあやまりいふ事おほし」とあり、いろは順に世話つまり諺の由来が記されている。その内容から、後刷本は「俗語故事談」と改題されている。

7 人倫重宝記(じんりんちょうほうき)

江戸時代の庶民の知識源となった典型的な実用書。五巻五冊で五十六項目にわたる。「天皇の御出所」「公家の出所」「将軍の御出所」「大名の出所」「農人のはじまりの事」「細工人並番匠のはじまり」「商人市立のはじまりの事」以下、諸々の職業の始まりや能・歌舞伎・浄瑠璃の始まり等について説かれている。例えば四巻の「四 酒屋のはじまり」には「酒はもろこし狄義といふ人はじめてつくりいだして禹王にすゝめければ禹王これをのんで人の心をみだるものなりとて狄儀をうとんじ給ふと戦国策にみへたり(以下略)」とある。

8 男女御土産重宝記(なんにょおみやげちょうほうき)

元禄十三年刊の重宝記。展示したのはその後刷本。類似した名前の重宝記に『男女重宝記』などがあるが別物。「一 面のつやうつくしくいだす事」から「百卅一 金子相場はや算用事」までの百三十一項目について各項目数行宛に記されており、その内容は香方・薬方・料理・衣服のことなど多岐にわたる。料理に関わることとしては、「六十六 蛸やはらかに煮様の事」「六十七 汁塩からき時なをし様の事」などがある。

9 医道日用重宝記(いどうにちようちょうほうき)

医書。元禄年刊に出された『医道日用重宝記』をもとに宝永六年本郷正豊が記したもの。『医道日用綱目』ともいう。展示した本はその文政元年版である。処方に力点を置いた記述にこの本の特徴がありまたその存在価値がある。

10 進物調宝記(しんもつちょうほうき)

寛政六年序の重宝記。正月から十二月までの季節の進物や祝儀・見舞・餞別の進物を列挙したもの。巻末に熨斗包み菓子箱等の図を付す。

11 道三丸散重宝記(どうさんがんさんちょうほうき)

天明元年刊の薬に関する重宝記。百二十五種類の薬の名を記しその効用と処方を記す。序文によれば雖知苦斎先生(曲直瀬道三正盛)が記した「丸散重宝記」を龍斎先生(林数馬)が増補したという。曲直瀬道三正盛は戦国・安土桃山時代の人で、日本医学の中興の祖とされる。

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料理本解説

12 合類日用料理抄(ごうるいにちようりょうりしょう)

元禄二年(1689)初版の料理書。展示されているのは寛政四年(1792)に再版されたもの。五巻が一冊に合冊されている。各巻の内容は

巻一
酒之類 味噌之類 醤油之類 粉之類
巻二
餅之類 麪類 菓子の類
巻三
漬物の類 豆腐の類 菓持様 雑の類
巻四
魚類 鮨の類 塩漬の類 塩辛の類 鱠の類 指身の類 釜鉾の類 鳥の類
巻五
魚類 雑の類 薬の類

である。書かれている内容は、広く秘伝口伝・聞書の類等から料理に関する事柄を丹念に集めて再編成したものであり、江戸時代の料理百科である。

13 当流節用料理大全(とうりゅうせつようりょうりたいぜん)

正徳四年(1714)出版された料理書。四条流関係の文献を中心にその他の料理書等から必要箇所を取捨選択して編集されている。今回展示している12「合類日用料理抄」や14「献立集」からの引用も見える。題名にあるとおり料理に関する「節用書」であり、総合的な料理書として辞書的な使われ方をしたと考えられる。

*四条流…料理の流派。中納言藤原山蔭が光孝天皇の命で、料理の新式を定めたのに始まると伝えている。公家の間で発達し室町時代に武家にも広まった。室町時代初期には包丁の家として著名であり、四条流の口伝を書きつけた室町時代の料理書『四条流包丁書』からは、室町時代の料理の様を窺うことができる。また「四条」の名を冠した料理書はこの他にも多い。江戸時代に多数あった包丁の家各流派の多くは四条派の分流・支流である。

14 料理献立集(りょうりこんだてしゅう)

江戸時代に刊行された献立集の中ではもっとも古いものであり、寛文から元禄頃までに再三刊行されている。初版は現存しないが寛政十年のものと考えられている。展示されているのはおそらく延宝二年(1674)版と同版であろう。刊年等は削られている。内容は、汁 吸物 取合 鱠 あへまぜすあへ 煮物 さし身それぞれについて、正月から十二月まで月別に材料名を列記し、所々に簡単な料理法が記している。

15 料理早指南(りょうりはやしなん)

全四編から成る料理書。展示されている本は、初編から四編までを一冊にした物であるが、もとは一編一冊づつで順次刊行された。初編が享和元年(1801)、四編が文化元年(1804)刊である。初編には本膳・会席・精進料理について、二編には「時節見舞の重詰」「華見の重詰」等の重箱料理などについて、三編には塩物魚、干し魚類の調理法と黄檗料理・卓袱料理について、四編は汁物、酢の物等の各料理方についてそれぞれ書かれている。

16 料理秘伝抄(りょうりひでんしょう)

寛文十年(1670)刊の料理書。寛永頃に刊行された料理本『料理物語』の抜粋である。『料理物語』は、全二十項目のうち第七までは食材について、第八以降には料理法が記されているが、その料理法の部分の抜き書きが本書である。内容は以下の通り。

第一
生だれだしの部
第二
汁の部
第三
焼物の部
第四
吸物の部
第五
料理酒の部
第六
さかなの部
第七
鱠の部
第八
指身の部
第九
煮物の部
第十
後段の部
第十一
萬聞書の部

『料理献立集』と同じ婚礼の図が載っている。

17 古今名物御前菓子秘伝抄(ここんめいぶつごぜんがしひでんしょう)

享保三年(一七一八)刊の菓子専門書。菓子のみを専門に扱った料理書としては本書がもっとも古い。「あるへいとうの方」から「白飴の方」まで一〇五項目にわたって菓子の作り方が記されている。

18 名菓雛形揃(めいかひながたぞろえ) (仮題)

刊年等不明の菓子見本帳。様々な棹物や蒸し菓子の絵が彩色で描かれそれぞれの銘が記されている。このように彩色された見本帳は、菓子屋などの心覚えとして作られたものではなく、菓子屋から客の元へ届けられて菓子注文の参考とされたと考えられる。

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参考文献

  • 『江戸時代料理本集成』(臨川書店)
  • 『近世文学資料類従』参考編(勉誠社)
  • 川上行蔵編『料理文献解題』(柴田書店)
  • 長友千代治校注『女重宝記・男重宝記』(現代教養文庫)

(解題執筆 川端咲子)

(展示の参考として『合類日用料理抄』巻一「味噌之類」『昼夜重宝記』「味噌納豆拵の事」の一部を翻刻し、目録の最終頁に添えた。)

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『合類日用料理抄』巻一「味噌之類」「醤油之類」一部翻刻

味噌之類
御前味噌の方

一大豆壱斗 右白水に一夜つけ其後米をかす様に仕候へば上の皮とれ申候 扨能/\むし申候 煮申候は甘けぬけ申候
一糀壱斗二升 但中白米を糀にする
一塩三升 但寒の内ニ仕来年まて置申候には塩三升三合入てよし
一餅米壱升 中白米こわ飯むしさます 右のまめ能むせし時取出しつねのことく能つき 扨四色つき合せ一夜風にあて明ル日一拳ぼどつゝに玉にして百二日ほど風にあて 其後菜刀にて細に切しゝびに干申時臼にて能/\つき申候 いまだぬれけ候はゝ薄くさがしかげ干にし少乾めに成時桶へ入桶の中へも能/\突込申候上は紙をふたにして置候 右の塩の外には一切ふり塩も不仕候同は小キ桶いくつにも入よし三十日過候へば能なれ申候右のみそ少つゝ切々にも拵し又寒の内にいたし候て翌年までも置候

参河みその方

一正月十六日か二十日に大豆壱斗汁のなき様に能煮候て突玉にして縄を通しさしにかけ置二月廿七八日の此右の玉みそ能洗候てかはらかし半分は粉半分はむくろちほどにあら/\とつき破右の分にかうじ七升塩四升能まぜ合せ半切の桶に入こね申候 かげんは拳にて水け候ほどに合せ申候

早作みその方
直味噌の方
糠みその方
たうこみその方
唐納豆の方
浜名納豆の方
当座納豆の方
きつき納豆の方
醤の方
円真寺醤の方
梅醤の方
醤油之類
醤油の方

一大豆壱斗 煮ル 一大麦壱斗しらげ炒引わる
一小麦三升 炒て引わり粉にす
右三色能々まぜねさせ申候
一水弐斗 一塩壱斗
水の中にて塩をもみくだきすいなうにてこし右の塩水をにやしひえ候ほど二日も三日もさまし仕込申候 其時糀八升入桶の中にてもみ合一日に二度宛かき申候 五十日の間如此仕候其後中白米壱升ヲ水八升にて粥にたき此かゆを入物いくつにも入すえり不申候やうに成ほど早クあふぎさまし能冷候時右の醤油の中へ入よくまぜ其後も初のごとく一日に二度づゝかき廿一日過候てあけ申候 二番醤油は右の粕の中へ水壱斗塩五升前のごとくせんじさまし候て其時糀をも四升入又毎日二度づゝかき候て廿一日過又中白米壱升ヲ水七升にてかゆにたき前のごとくさまし仕込申し候 其後も毎日二度づゝかき五十日ほど過て上ルなり此醤油何時も成候へ共同は六月のあつき時分仕込てよし

酒醤油の方
溜の方
味噌醤油の方

『昼夜重宝記』「味噌納豆拵の事」一部翻刻

たうごみその方

一大麦三升よくつきて 一くろ豆二つわり(八升少しいりて)右二色むしてかうじにねさせ一日ほしてよくさます
一水一斗 一塩五升 合せ水の中にて塩をよくもみすりこしてせんし二日程さまし右二色を入よく/\まぜ合桶に入て時々かきまぜ風ひかぬやうにいたし五十日ほど過ていろ/\のものをあはするなり
一黒まめの粉三升 少しいり引
一白さたう一升 一せうがきざみ一升(小米ほどに)
一餅米の粉三升 すこしいりて
一くるみの実にてもかやの実にてしぶかはをとり小米ほどにこしらへ二升
一干山椒四升二ツわり 但漬山椒なれば塩を出し一粒ツヽにしてよし又はからかは刻二升山椒二升にても
一ちんひこまかにきざみ一升(一升しろみをすき) 一しそ一升(こまかに刻み)
一白ごまいりて(二升少し) 一黒ごま三升同断
此分右のみその中へ入能々つき合桶にしこみおし付風のひかぬやうにして十日ほどすぎてつかふ也

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